韓国で,元従軍慰安婦が日本政府を相手に損害賠償を求めた訴訟で請求を認める判決が言い渡されました。主権免除についての日本政府の主張が認められなかったようです。この訴訟とは関係ありませんが,主権免除について判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁平成18年12月21日判決
国家とその財産は,外国の裁判権から免除されるという国際法上の原則を主権免除といいます。この最高裁判決でも外国国家に対して日本の裁判権が及ぶのか?が問題となりました。
もっともこの判決で問題になっているのは,外国国家と私人との間の商取引に関する紛争なので,慰安婦問題と性質は異なります。
事案の概要
Xは,Yの国防総省の関連会社でYの代理人であるA社との間で,高性能コンピューター等を売り渡す契約を締結し,売買の目的物を引き渡した。Xは,引渡後に,売買代金債務を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を締結したと主張し,Yに対して貸金元金・利息・遅延損害金の支払いを求めて提訴した。
Yは,主権国家として日本の民事裁判権に服することを免除されると主張し訴えの却下を求めた。ちなみに,YはA社に上記各契約の代理権があったことを否認し,各契約の成立も争っていた。
原審の判断
原審は,主権国家である外国国家は,日本に所在する不動産に関する訴訟など特別の理由がある場合を除き,原則として,日本の民事裁判権に服することを免除されるとして,訴えを却下しました。
最高裁の判断
最高裁判決のポイントは以下の3つです。その理由付けは,3つのポイントの後に記載しておきます。
①外国国家の私法的,業務管理的行為についてまで民事裁判権が免除されるという国際慣習法はもはや存在しない。
②外国国家は,その私法的ないし業務管理的な行為については,その国主権を侵害する特段の事情がない限り,日本の民事裁判権が及ぶ。
③私人との間で締結した契約書の条項に,その契約から生じた紛争について日本の民事裁判権に服することを約したことで,日本の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合も日本の民事裁判権が及ぶ。
外国国家に対する民事裁判権免除に関しては,かつては,外国国家は,法廷地国内に所在する不動産に関する訴訟など特別の理由がある場合や,自ら進んで法廷地国の民事裁判権に服する場合を除き,原則として,法廷地国の民事裁判権に服することを免除されるという考え方(いわゆる絶対免除主義)が広く受け入れられ,この考え方を内容とする国際慣習法が存在していたものと解される。しかしながら,国家の活動範囲の拡大等に伴い,国家の行為を主権的行為とそれ以外の私法的ないし業務管理的な行為とに区分し,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為についてまで法廷地国の民事裁判権を免除するのは相当でないという考え方(いわゆる制限免除主義)が徐々に広がり,現在では多くの国において,この考え方に基づいて,外国国家に対する民事裁判権免除の範囲が制限されるようになってきている。
平成16年12月2日に国際連合第59回総会において採択された「国家及び国家財産の裁判権免除に関する国際連合条約」も,制限免除主義を採用している。このような事情を考慮すると,今日においては,外国国家は主権的行為について法廷地国の民事裁判権に服することを免除される旨の国際慣習法の存在については,これを引き続き肯認することができるものの,外国国家は私法的ないし業務管理的な行為についても法廷地国の民事裁判権から免除される旨の国際慣習法はもはや存在しないものというべきである。
外国国家に対する民事裁判権の免除は,国家がそれぞれ独立した主権を有し,互いに平等であることから,相互に主権を尊重するために認められたものであるところ,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為については,我が国が民事裁判権を行使したとしても,通常,当該外国国家の主権を侵害するおそれはないものと解されるから,外国国家に対する民事裁判権の免除を認めるべき合理的な理由はない。外国国家の主権を侵害するおそれのない場合にまで外国国家に対する民事裁判権免除を認めることは,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為の相手方となった私人に対して,合理的な理由のないまま,司法的救済を一方的に否定するという不公平な結果を招くこととなる。したがって,外国国家は,その私法的ないし業務管理的な行為については,我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り,我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。
私人との間の書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約することによって,我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合にも,原則として,当該紛争について我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。なぜなら,このような場合には,通常,我が国が当該外国国家に対して民事裁判権を行使したとしても,当該外国国家の主権を侵害するおそれはなく,また,当該外国国家が我が国の民事裁判権からの免除を主張することは,契約当事者間の公平を欠き,信義則に反するというべきであるからである。
主権免除に関して,こんな本を見つけました。タイムリーな内容にも触れているみたいです。
♪Mr.Children「タガタメ」(アルバム:シフクノオト収録)