山口県阿武町の誤振込事件は、個人的に?がぬぐえませんが、債権回収の目途が立ったようです。ここで一度、誤振込に関する最高裁判決・決定を整理しておこうと思います。
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①最高裁平成8年4月26日判決
民事の判決です。最高裁は、振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、両者の間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立すると判断しました。
事案としては、債権の差押えが絡んでいるという特徴があります。よく似た名義人の預金口座に誤振込みしたところ、その預金口座を債権者が差押えたという事例です。
事案の概要
上告人は、株式会社透信に対する東京法務局所属公証人Aの昭和63年第277号譲渡担保付金銭消費貸借公正証書の執行力のある正本に基づいて、平成元年7月31日、透信が富士銀行に対して有する普通預金債権を差し押さえたが、差押時の同預金債権の残高は572万2898円とされていた。
被上告人は、株式会社東辰から、東京都大田区所在の建物の一部を賃料1か月467万0130円で賃借し、毎月末日に翌月分賃料を東辰の株式会社第一勧業銀行大森支店の当座預金口座に振り込んで支払っていた。また、被上告人は、透信から通信用紙等を購入し、その代金を透信の富士銀行上野支店の普通預金口座に振り込む方法で支払っていたことがあったが、昭和62年1月の支払を最後に取引はなく、債務もなかった。
普通預金口座は、透信と富士銀行との間の普通預金取引契約によるものであるところ、契約の内容となる普通預金規定には、振込みに関しては、これを預金口座に受け入れるという趣旨の定めだけが置かれていた。
被上告人は、東辰に対し、平成元年5月分の賃料、光熱費等の合計558万3030円を支払うため、同年4月28日、富士銀行大森支店に同額の金員の振込依頼をしたが、誤って、振込先を富士銀行上野支店の前記透信の普通預金口座と指定したため、同口座に558万3030円の入金記帳がされた。
上告人が差し押さえた透信の普通預金債権の残高572万2898円のうち558万3030円は、本件振込みに係るものである。
原審の判断
原審は、以下のとおり、透信の富士銀行に対する本件預金債権は成立しておらず、振込依頼人は差押を排除できると判断しました。
振込金について銀行が受取人として指定された者の預金口座に入金記帳することにより受取人の預金債権が成立するのは、受取人と銀行との間で締結されている預金契約に基づくものであるところ、振込みが振込依頼人と受取人との原因関係を決済するための支払手段であることにかんがみると、振込金による預金債権が有効に成立するためには、特段の定めがない限り、基本的には受取人と振込依頼人との間において当該振込金を受け取る正当な原因関係が存在することを要すると解される。ところが、本件振込みは、明白で形式的な手違いによる誤振込みであるから、他に特別の事情の認められない本件においては、透信の富士銀行に対する本件預金債権は成立していないというべきである。
そうすると、本件振込みに係る金員の価値は、実質的には被上告人に帰属しているものというべきであるのに、外観上存在する本件預金債権に対する差押えにより、これがあたかも透信の責任財産を構成するかのように取り扱われる結果となっているのであるから、被上告人は、金銭価値の実質的帰属者たる地位に基づき、本件預金債権に対する差押えの排除を求めることができると解すべきである。
最高裁の判断
最高裁は、原審の判断を覆し、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立すると判断しました。
振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である。
けだし、前記普通預金規定には、振込みがあった場合にはこれを預金口座に受け入れるという趣旨の定めがあるだけで、受取人と銀行との間の普通預金契約の成否を振込依頼人と受取人との間の振込みの原因となる法律関係の有無に懸からせていることをうかがわせる定めは置かれていないし、振込みは、銀行間及び銀行店舗間の送金手続を通して安全、安価、迅速に資金を移動する手段であって、多数かつ多額の資金移動を円滑に処理するため、その仲介に当たる銀行が各資金移動の原因となる法律関係の存否、内容等を関知することなくこれを遂行する仕組みが採られているからである。
要するに、誤振込みがあっても銀行との関係では、預金契約が成立することにしようっていうのは、銀行を保護するための結論
振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しないにかかわらず、振込みによって受取人が振込金額相当の預金債権を取得したときは、振込依頼人は、受取人に対し、同額の不当利得返還請求権を有することがあるにとどまり、預金債権の譲渡を妨げる権利を取得するわけではないから、受取人の債権者がした預金債権に対する強制執行の不許を求めることはできないというべきである。
これを本件についてみるに、前記事実関係の下では、送信は、富士銀行に対し、本件振込みに係る普通預金債権を取得したものというべきである。そして、振込依頼人である被上告人と受取人である透信との間に本件振込みの原因となる法律関係は何ら存在しなかったとしても、被上告人は、透信に対し、同額の不当利得返還請求権を取得し得るにとどまり、本件預金債権の譲渡を妨げる権利を有するとはいえないから、本件預金債権に対してされた強制執行の不許を求めることはできない。
②最高裁平成15年3月12日決定
この事件だけ刑事事件です。自分の口座に誤振込みがあったことを知りながら、誤振込みの事実を告げずに預金を引出したら、銀行との関係で詐欺罪が成立すると判断しました。
事案の概要
税理士である乙山次郎は、被告人を含む顧問先からの税理士顧問料等の取立てを、集金事務代行業者である日本システム収納株式会社に委託していた。
同社は、上記顧問先の預金口座から自動引き落としの方法で顧問料等を集金した上、これを一括して乙山が指定した預金口座に振込送金していたが、乙山の妻が上記振込送金先を株式会社泉州銀行金剛支店の被告人名義の普通預金口座に変更する旨の届出を誤ってしたため、上記日本システム収納では、これに基づき、平成7年4月21日、集金した顧問料等合計75万0031円を同口座に振り込んだ。
被告人は、通帳の記載から、入金される予定のない上記日本システム収納からの誤った振込みがあったことを知ったが、これを自己の借金の返済に充てようと考え、同月25日、上記支店において、窓口係員に対し、誤った振込みがあった旨を告げることなく、その時点で残高が92万円余りとなっていた預金のうち88万円の払戻しを請求し、同係員から即時に現金88万円の交付を受けた。
最高裁の判断
最高裁は、詐欺罪の成立を肯定しました。
本件において、振込依頼人と受取人である被告人との間に振込みの原因となる法律関係は存在しないが、このような振込みであっても、受取人である被告人と振込先の銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、被告人は、銀行に対し、上記金額相当の普通預金債権を取得する。
平成8年判決を前提にしている。
しかし他方、記録によれば、銀行実務では、振込先の口座を誤って振込依頼をした振込依頼人からの申出があれば、受取人の預金口座への入金処理が完了している場合であっても、受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す、組戻しという手続が執られている。また、受取人から誤った振込みがある旨の指摘があった場合にも、自行の入金処理に誤りがなかったかどうかを確認する一方、振込依頼先の銀行及び同銀行を通じて振込依頼人に対し、当該振込みの過誤の有無に関する照会を行うなどの措置が講じられている。
これらの措置は、普通預金規定、振込規定等の趣旨に沿った取扱いであり、安全な振込送金制度を維持するために有益なものである上、銀行が振込依頼人と受取人との紛争に巻き込まれないためにも必要なものということができる。また、振込依頼人、受取人等関係者間での無用な紛争の発生を防止するという観点から、社会的にも有意義なものである。したがって、銀行にとって、払戻請求を受けた預金が誤った振込みによるものか否かは、直ちにその支払に応ずるか否かを決する上で重要な事柄であるといわなければならない。これを受取人の立場から見れば、受取人においても、銀行との間で普通預金取引契約に基づき継続的な預金取引を行っている者として、自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には、銀行に上記の措置を講じさせるため、誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。社会生活上の条理からしても、誤った振込みについては、受取人において、これを振込依頼人等に返還しなければならず、誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから、上記の告知義務があることは当然というべきである。そうすると、誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐偽罪の欺罔行為に当たり、また、誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たるというべきであるから、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する。
誤振込みがあったことを銀行に告知する義務の根拠を信義則だと判断。
某銀行の普通預金規定をざっとながめたが、誤振込みの場合の告知義務は規定されていなかった。
③最高裁平成20年10月10日判決
民事の判決です。誤振込みがあった場合、その銀行口座の名義人が預金を引出すことは原則、権利濫用に当たらないと判断しました。
この判決の事案は、通帳等を窃取されたという犯罪絡みなので、厳密には誤振込みではありません。もっとも、振込依頼人と受取人との間に原因関係がないという点では同様です。
事案の概要
上告人は,株式会社さくら銀行多摩支店において,普通預金口座を開設し,また,上告人の夫であるAは,住友信託銀行株式会社新宿支店において,預金元本額を1100万円とする定期預金口座を開設していた。
B及び氏名不詳の男性1名の本件窃取者らは,平成12年6月6日午前4時ころ,上告人の自宅に侵入し,本件普通預金及び夫の定期預金の各預金通帳及び各銀行届出印を窃取した。
C,D及びEは,本件窃取者らから依頼を受け,同月7日午後1時50分ころ,住友信託銀行新宿支店において,夫の定期預金の預金通帳等を提示して夫の定期預金の口座を解約するとともに,解約金1100万7404円(元本1100万円,利息7404円)を本件普通預金口座に振り込むよう依頼し,これに基づいて本件普通預金口座に上記同額の入金がされた。これにより,本件普通預金口座の残高は1100万8255円となった。
C及びDは,本件窃取者らから依頼を受け,同日午後2時29分ころ,さくら銀行新宿西支店において,本件普通預金の預金通帳等を提示して,本件普通預金口座から1100万円の払戻しを求めた。同銀行は,この払戻請求に応じて,C及びDに対し,1100万円を交付した。
上告人は,さくら銀行の権利義務を承継した被上告人に対し,本件振込みに係る預金の一部である1100万円の払戻しを求め,これに対して被上告人は,前記のとおり,上告人の払戻請求は権利の濫用に当たり許されないと主張した。
原審の判断
原審は、まず、本件振込みに係る金員は,本件振込みにより,本件普通預金の一部として上告人に帰属したと判断しました。その上で、以下のように、上告人の払戻請求は権利の濫用だと判断しました。
本件振込みに係る預金は,上告人において振込みによる利得を保持する法律上の原因を欠き,上告人は,この利得により損失を受けた者へ,当該利得を返還すべきものである。すなわち,上告人としては,本件振込みに係る預金につき自己のために払戻しを請求する固有の利益を有せず,これを振込者(不当利得関係の巻戻し)又は最終損失者へ返還すべきものとして保持し得るにとどまり,その権利行使もこの返還義務の履行に必要な範囲にとどまるものと解すべきである。この権利行使は,特段の事情がない限り,自己への払戻請求ではなく,原状回復のための措置を執る方法によるべきである。
そして,本件振込み後にされたCらに対する本件払戻しにより,これに全く関知しない上告人の利得は消滅したから,上告人には不当利得返還義務の履行のために保持し得る利得も存在しない。このことは,本件払戻しにつきさくら銀行に過失がある場合でも変わるところがない。
そうすると,上告人の払戻請求は,上告人固有の利益に基づくものではなく,また,不当利得返還義務の履行手段としてのものでもないから,上告人において払戻しを受けるべき正当な利益を欠き,権利の濫用として許されない。
最高裁の判断
最高裁は、原審の判断を覆し、上告人の払戻請求は権利の濫用に当たらないと判断しました。
振込依頼人から受取人として指定された者の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず,受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し,受取人において銀行に対し上記金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である。上記法律関係が存在しないために受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負う場合であっても,受取人が上記普通預金債権を有する以上,その行使が不当利得返還義務の履行手段としてのものなどに限定される理由はないというべきである。そうすると,受取人の普通預金口座への振込みを依頼した振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合において,受取人が当該振込みに係る預金の払戻しを請求することについては,払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって,詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど,これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは,権利の濫用に当たるとしても,受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけでは,権利の濫用に当たるということはできないものというべきである。
誤振込みがあった場合に預金を引出しても、振込詐欺など犯罪の手段でない限り、権利濫用ではないと判断
本件の場合、犯罪絡みなのと振込まれたお金の原資は夫の定期預金だったという事情から、本件の事実関係においては、権利濫用とはならないという結論もあり得たはず。
平成15年決定との関係が問題となるが、刑法の基本書では、平成8年判決にしか触れていない。
新経済刑法入門・第3版(成文堂)は、平成20年判決と平成15年決定の関係について、若干触れている。
これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件振込みは,本件窃取者らがCらに依頼して,上告人の自宅から窃取した預金通帳等を用いて夫の定期預金の口座を解約し,その解約金を上告人の本件普通預金口座に振り込んだものであるというのであるから,本件振込みにはその原因となる法律関係が存在しないことは明らかであるが,上記のような本件振込みの経緯に照らせば,上告人が本件振込みに係る預金について払戻しを請求することが権利の濫用となるような特段の事情があることはうかがわれない。被上告人において本件窃取者らから依頼を受けたCらに対して本件振込みに係る預金の一部の払戻しをしたことが上記特段の事情となるものでもない。したがって,上告人が本件普通預金について本件振込みに係る預金の払戻しを請求することが権利の濫用に当たるということはできない。
♪Mr.Children「掌」(アルバム:シフクノオト収録)