国公有地に設置されている孔子廟について公園使用料を免除したことが,憲法に規定する政教分離原則に反するかどうかについて最高裁の大法廷判決が出ました。
最高裁令和3年2月24日大法廷判決
那覇市が管理する公園内に設置を許可された孔子廟について,公園の敷地使用料の全額を免除した市長の行為が憲法20条1項後段,3項の政教分離原則に反するかどうかが争われた事案です。
判決のポイント
この判決のポイントとして,次の点を挙げることができるでしょう。
⑴儒教が宗教かどうか?は争点ではない
⑵政教分離原則違反かどうかの判断にいわゆる目的効果基準は使わなかった。
政教分離に関するリーディングケースになった津地鎮祭事件(最高裁昭和52年7月13日大法廷判決)で,最高裁は,憲法20条3項で禁止される宗教的活動とは,①行為の目的が宗教的意義をもち,②その効果が宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になるような行為かどうかという規範を立てました。
⑶政教分離原則違反かどうかは,以下のような諸般の事情を社会通念に照らして総合的に判断する。
①問題となっている施設の性格,②使用料を免除をすることにした経緯,③免除に伴う当該国公有地の無償提供の態様,④これらに対する一般人の評価等
これは,空知太神社事件(最高裁平成22年1月20日大法廷判決)で示された規範に基づくものです。最高裁は,目的効果基準と総合考慮を事案に応じて,使い分けているわけです。
⑷問題となった孔子廟が単に歴史上の偉人として孔子を称える施設ではなく,孔子の霊を迎えるとか,建物内に孔子の霊の通り道があるとか,どう考えても宗教的儀式を行う宗教的施設だ。
⑸問題となった孔子廟は,平成25年に新しく建てられたもので,歴史的建造物や文化財ではない。
⑹問題となった孔子廟が占有してい国公有地が広すぎるし,免除された使用料が年間570万円以上で高すぎる。
⑺使用料の免除は,一般人から見て市が特定の宗教活動を援助・助長していると評価される。
⑻⑷~(7)を踏まえると,政教分離原則に違反する。
判決文なので,こんな書き方をしていますが,要は,こういうことなんじゃないかと思います。何かよくわかんない団体が,孔子の霊を迎えるとかいう宗教儀式をやってる宗教的外観の建物で,文化財的価値はないし,建物自体は新しくて歴史的価値はないし,にもかかわらず,1335㎡の国公有地使わせて年間570万円以上の使用料を免除しちゃうのは,さすがにやりすぎだよねぇ~
最高裁判決なので,使用料は,免除されなくなるわけですが,問題となった孔子廟を維持管理している一般社団法人は,営利事業をやってる感じでもないんで,使用料払えるんだろうか?
事案の概要
事案の概要は,以下のとおりです。最高裁は,諸般の事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すると規範を立てたので,少し詳しく目に紹介します。
(1)公園使用料
那覇市公園条例等では,都市公園法5条1項の公園施設の設置許可を受けた者は,市に対し,占用面積1㎡当たり月360円の使用料を支払わなければならない。
市長は,公共的団体が公益目的で使用する場合は使用料全額,その他市長が特に必要と認める場合は市長が必要と認める額を免除できる。
(2)本件施設の設置者
市は都市公園法所定の都市公園として,久米地域に松山公園を設置し管理している。本件公園内の国公有地上に設置された,儒教の祖である孔子とその4人の門弟である四配等を祀る廟が本件施設である。
本件施設の建物の所有者はAである。Aは,本件施設,道教の神等を祀る天尊廟,航海安全の守護神を祀る天妃宮の公開,久米三十六姓の歴史研究,論語を中心とする東洋文化の普及等を目的とする一般社団法人である。定款上,上記目的が明記され,正会員である社員の資格が久米三十六姓の末裔に限定されている。
(3)本件施設
本件施設の占有面積は1335㎡で,敷地は,至聖門,明倫堂,図書館,フェンス等により,本件公園の他の部分から仕切られている。本件施設の出入口に当たる至聖門には3つの扉がある。中央の扉は孔子の霊のための扉で,孔子の霊を迎えるため1年に1度,釋奠祭禮の日のみ開かれる。孔子の霊は,至聖門を通過し御路を進み,大成殿の正面階段中央部分に設けられた石龍陛を超えて大成殿へ上るとされている。
大成殿は,本件施設の本殿と位置付けられ,内部の中央正面には孔子の像・神位が,左右に四配の神位が配置されている。観光客に加え,家族繁栄,学業成就,試験合格等を祈願する多くの人が参拝に訪れる。本件施設では,大成殿の香炉灰が封入された学業成就(祈願)カードが販売されていた。
本件施設では,平成25年以降,毎年,孔子の誕生日9月28日に,供物を並べ孔子の霊を迎え,上香,祝文奉読等をした後送り返すという釋奠祭禮が行われている。Aの定款に釋奠祭禮の挙行が事業として明記され,久米三十六姓の末裔以外の者が行うことは,事業の形骸化等の理由で許容されていない。
(4)本件施設の設置の経緯
久米三十六姓は,航海・造船等の技術を有し,通訳・交易を担い,琉球王国の繁栄を支えた職能集団で,久米地域に居住していた。17世紀,同地域に孔子等を祀る至聖廟を建立し,18世紀に隣接地に琉球の最初の公立学校とされる明倫堂を建立した。
当初の至聖廟等の敷地は,明治12年に沖縄県が設置された後,社寺に類する施設として国有化され,請願を受け,同35年に当時の那覇区に返還され,大正4年,Aの前身社団法人久米崇聖会に譲与された。当初の至聖廟等は,沖縄県により,敷地上の工作物の建設等につき,社寺に準じた規制を受けていた。
当初の至聖廟等は第二次世界大戦で焼失し,久米地域に再建されることはなかった。昭和50年頃,Aが所有する那覇市内の土地上に,天尊廟,天妃宮と共に至聖廟,明倫堂が再建され,Aが維持管理するようになった。旧至聖廟等は1日約200人の参拝者があったとのことである。
平成11年3月,市が国有地を買い取り,本件公園の一部として取り込むとの情報を得たAは,至聖廟を移転し久米地域に回帰すべく,市に対して要請活動を始めた。
平成15年,市の作業部会で本件公園周辺の土地利用について議論が行われ,至聖廟の宗教性を問題視する意見があった。市は,この議論等を踏まえ,松山公園周辺土地利用計画案を策定した。本件土地利用計画案において,大成殿は公園のシンボルとして整備する一方,公的施設としての性格に議論を呼ぶ可能性があり,公的補助金の導入,国公有地上に建設することは難しいとされ,Aの所有する土地と換地する等して私有地内に配置することが考えられると整理された。
市は,平成18年,本件公園の用地として国から国有地を買い受けるとともに,国との間で国有財産無償貸付契約を締結した。市長は,平成23年3月31日付で本件施設に係る公園施設設置許可を行い,公園使用料の全額免除する旨の処分をした。Aは,本件施設の建設工事に着手し,本件施設が完成した。また,市長は,平成26年3月28日付で本件施設に係る公園施設設置許可を行い,公園使用料の全額免除する旨の処分をした。本件施設に係る公園施設設置許可は,本件公園の管理上支障がない限り,更新が予定されていた。
最高裁の判断
政教分離原則は,国家の非宗教性及び宗教的中立性を意味する。日本は,各種の宗教が多元的,重層的に発達,併存してきた。このような宗教的事情の下で信教の自由を確実に実現するためには,単に信教の自由を無条件に保障するだけでは足りず,国家といかなる宗教との結び付きをも排除するため,政教分離規定を設ける必要性が大であった。しかしながら,国家が宗教との一切の関係を持つことが許されないというのではなく,政教分離規定は,その関わり合いが日本の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合に,これを許さないとするものである。
国等が国公有地上にある施設の敷地使用料を免除する場合,当該施設の性格や免除することにした経緯等は様々なものがあり得る。一般的には宗教施設としての性格を有する施設でも,同時に歴史的,文化財的な建造物として保護の対象となるものであったり,観光資源,国際親善,地域親睦の場といった他の意義を有していたりすることも少なくなく,文化的,社会的な価値,意義に着目して免除がされる場合もあり得る。これらの事情いかんは,当該免除が,一般人の目から見て特定の宗教に対する援助等と評価されるか否かに影響するものと考えられるので,政教分離原則との関係を考えるに当たっても重要な考慮要素とされるべきものといえる。当該免除が上記諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えて,政教分離規定に違反するか否かを判断するに当たっては,①当該施設の性格,②当該免除をすることとした経緯,③当該免除に伴う当該国公有地の無償提供の態様,④これらに対する一般人の評価等,諸般の事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すべきである。
本件施設は,本件公園の他の部分から仕切られた区域内に一体として設置されている。大成殿は,本件施設の本殿と位置付けられ,内部の正面には孔子の像及び神位等が配置され,家族繁栄,学業成就,試験合格等を祈願する多くの人々による参拝をうけている。また,大成殿の香炉灰が封入された学業成就(祈願)カードが本件施設で販売されていたこともあった。本件施設は,その外観に照らして,神体又は本尊に対する参拝を受入れる社寺との類似性がある。
釋奠祭禮は,内容が供物を並べて孔子の霊を迎え,上香,祝文奉読等をした後に送り返すというものであることに鑑みると,思想家である孔子を歴史上の偉人として顕彰するにとどまらず,その霊の存在を前提とし,これを崇め奉るという宗教的意義を有する儀式というほかない。Aは釋奠祭禮の観光ショー化等を許容しておらず,釋奠祭禮が主に観光振興等の世俗的な目的に基づいて行われているなどの事情もうかがわれない。至聖門の中央扉は,孔子の霊を迎えるため1年に1度,釋奠祭禮の日のみに開かれる。孔子の霊は,御庭空間の中央を大成殿に向かって直線的に伸びる御路を進み,大成殿の正面階段の中央に設けられた石龍陛を超えて大成殿へ上がる。本件施設の建物等は,上記のような宗教的意義を有する儀式である釋奠祭禮を実施する目的で配置されたといえる。
当初の至聖廟等は,明治時代以降,社寺と同様の扱いを受け,旧至聖廟等は,道教の神等と祀る天尊廟及び航海安全の守護神を祀る天妃宮と同じ敷地内にあり,Aはこれらを一体として維持管理し,多くの参拝者を受入れていた。旧至聖廟等は当初の至聖廟等を再建したものと位置付けられ,本件施設は旧至聖廟等を移転したものと位置付けられていること等に照らせば,本件施設は当初の至聖廟等及び旧至聖廟等の宗教性を引継ぐものといえる。
以上によれば,本件施設については,一体として宗教性を肯定することができ,その程度も軽微とはいえない。
市は,本件公園の用地として,新たに国から国有地を購入又は借り受けた。Aは自己の所有する土地上に旧至聖廟等を有していた上,本件土地利用計画案では,大成殿建設予定地の敷地につきAが所有する土地との換地をする等して,大成殿を私有地内に配置することが考えられる旨の整理がされていた。本件施設は当初の至聖廟等とは異なる場所に平成25年に新築されたもので,当初の至聖廟等を復元したものであることはうかがわれず,法令上の文化財として取扱いを受けている等の事情もうかがわれない。
そうすると,本件施設の観光資源等としての意義や歴史的価値をもって,直ちに,Aに対して新たに本件施設の敷地として国公有地を無償で提供することの必要性及び合理性を裏付けるものとはいえない。
本件設置許可に係る占用面積が1335㎡に及び,免除対象となる公園使用料相当額が年間576万7200円に上る。本件免除によってAが享受する利益は相当に大きい。また,本件設置許可の期間は3年とされているが,公園管理上支障がない限り更新が予定されているため,本件施設を構成する建物等が存続する限り更新が繰り返され,公園使用料が免除されると,Aは継続的に上記と同様の利益を享受することになる。
Aは,宗教性を有する本件施設の公開や宗教的意義を有する釋奠祭禮の挙行を定款上の目的又は事業として掲げており,本件施設において,多くの参拝者を受け入れ,釋奠祭禮を挙行している。Aの本件施設における活動内容や位置づけ等を考慮すると,本件免除は,Aに上記利益を享受させることにより,Aが本件施設を利用した宗教的活動を行うことを容易にするものであり,その効果が間接的,付随的なものにとどまるとはいえない。
本件免除は,一般人の目から見て,市がAの上記活動に係る特定の宗教に対して特別の便益を提供し,援助していると評価されてもやむを得ない。
以上のような事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すると,本件免除は,市と宗教の関わり合いが,日本の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとして,憲法20条3項の禁止する宗教的活動に該当する。
♪Mr.Children「Monster」(アルバム:I ♥ U収録)