2022年2月14日,最高裁は,キャッシュカードすり替えタイプの窃盗の実行の着手時期を判断する判決を言い渡しました。
Xの罪責を論じよ
Xは,Yらと共謀の上,金融庁職員になりすましてキャッシュカードをだまし取ろうと考え,令和元年6月8日,警察官になりすましたYが,79歳の被害者宅に電話をかけ,被害者に対し,以下のように告げた。
「詐欺の被害に遭っている可能性があります。」「被害額を返します。」「それにはキャッシュカードが必要です。」「金融庁の職員があなたの家に向かっています。」「これ以上の被害が出ないように,口座を凍結します。」「金融庁の職員が封筒を準備していますので,その封筒の中にキャッシュカードを入れてください。」「金融庁の職員が,その場でキャッシュカードを確認します。」「その場で確認したら,すぐにキャッシュカードはお返ししますので,3日間は自宅で保管してください。」「封筒に入れたキャッシュカードは,3日間は使わないでください。」「3日間は口座からのお金の引き出しはできません。」
その後,金融庁職員になりすましたXが,被害者にキャッシュカードを封筒に入れさせた上,被害者が目を離した隙に,同封筒を別の封筒とすり替えて同キャッシュカードを持ち去るため,同日午後4時18分頃,被害者宅付近路上まで赴いたが,警察官の尾行に気付いて断念し,その目的を遂げなかった。
詐欺未遂の成否
Xらは,被害者からキャッシュカードをだまし取ろうとしていたので,詐欺未遂(刑法246条・250条)が成立するのではないか?と考えられます。しかし,結論から言うと,詐欺未遂は成立しません。というのも,欺罔行為が被害者の財産交付行為に結び付いていないからです。
詐欺罪の欺罔行為は財産的処分行為と結び付いていることが必要
詐欺罪は,①欺罔行為→②被害者が錯誤に陥る→③被害者による財産の処分行為→④財物の占有取得という経過をたどる犯罪です。窃盗罪が被害者の意思によらずに,財物の占有を取得する犯罪なのに対し,詐欺罪は,瑕疵があるとはいえ,被害者の意思によって財物の占有を移転していることが特徴です。
つまり,欺罔行為は,被害者の財産的処分行為と結びつくものである必要があります。財産的処分行為とは,財物の占有を移転する行為,交付行為と言い換えることができます。
刑法の基本書で,例として挙げられるのは,店員に洋服の試着をすると言って,そのまま洋服を店外に持ち出す行為です。この事例では詐欺罪は成立しません。店員は,試着室に洋服を持ち込むことは承諾していても,店外に持ち出すことを承諾していないからです。欺罔行為が店員の財産的処分行為と結び付いていないのです。
一方,店員に商品を会計前に先に車に置いてくると言って,そのまま持ち去った事例は,詐欺罪が成立します。実際にこんなことがあるのかは置いといて,この事例では,店員は商品を店外に持ち出すことを承諾しているからです。ここでの欺罔行為は店員の財産的処分行為に結び付いているのです。
詐欺未遂は成立しない
冒頭のキャッシュカードのすり替えは,被害者は,金融庁の職員を名乗るXにキャッシュカードを渡しますが,その場で返却されます。キャッシュカードを持ち去ることは承諾していないのです。つまり,Yが被害者をだますために,ウソをいろいろ言ってるんですが,それは,被害者の財産的処分行為と結び付いていないのです。
したがって,詐欺未遂は成立しません。
窃盗未遂が成立?
じゃぁ,Xには犯罪は成立せず無罪なのか?というと,窃盗未遂が成立するか?を検討する必要があります。上記の洋服の試着の事例は,詐欺罪は成立しませんが,窃盗罪が成立します。というのも,被害者の意思によらずに財物の占有を移転しているからです。
実際に,Xがキャッシュカードをすり替えて持ち去れば,窃盗罪が成立します。Xは被害者宅に行かずに,犯行を断念しています。なので,成立する可能性があるのは,窃盗未遂ということになります。
窃盗の実行の着手があったのか?
窃盗未遂が成立するには,Xに窃盗の実行の着手があったと認められる必要があります。実行の着手とは,犯罪の実行に着手することです。いつ,実行の着手があったのか?というと,犯罪実現の客観的危険性を含んだ行為を開始した時点と解されています。
窃盗罪の実行の着手は,他人の財物の占有を侵害する具体的危険が発生する行為を行った時点と解されています。他人の自宅に侵入して金品を盗む侵入盗の場合,他人の住居に侵入した時点では,窃盗の実行の着手はなく,財物の物色行為があった時点で窃盗の実行の着手があったとするのが判例です。同じ侵入盗でも,金庫や蔵に侵入した場合は,侵入した時点で窃盗の実行の着手があったと解されています。
キャッシュカードすり替えタイプの窃盗の実行の着手時期は?
冒頭のキャッシュカードすり替えタイプの窃盗の実行の着手時期を判断したのが,最高裁令和4年2月14日判決です。最高裁は,「本件うそが述べられ,被告人が被害者宅付近路上まで赴いた時点では,窃盗罪の実行の着手が既にあった」と判示しています。というのも,Yによる一連のウソが,Xが被害者宅を訪問し,虚偽の説明や指示を行うことに直接つながるとともに,被害者にXの説明や指示に疑問を抱かせることなく,すり替えの隙を生じさせる状況を作り出すようなうそが含まれているので,金融庁職員を装いすり替えによってキャッシュカードを窃取する予定のXが被害者宅付近路上まで赴いた時点で,被害者が間もなく被害者宅を訪問しようとしていたXの説明や指示に従うなどしてキャッシュカード入りの封筒から注意をそらし,その隙にXがキャッシュカード入りの封筒と偽封筒とをすり替えてキャッシュカードの占有を侵害するに至る危険性が明らかに認められるからです。
詐欺未遂とのバランスを図った?
窃盗の実行の着手時期の範囲を広げすぎたんじゃないか,最高裁?と個人的に思います。この最高裁判決の評価は,今後の判例評釈を待ちたいと思います。
最高裁が,キャッシュカードすり替えタイプの窃盗の実行の着手時期をここまで広げたのは,詐欺未遂とのバランスを取ったんだろうと思います。
Xらが,キャッシュカードすり替えるのではなく,被害者からキャッシュカードを預かる場合は,詐欺未遂ということになります。詐欺未遂であれば,Yが電話して被害者をだました時点で実行の着手があったと認められます。なので,Xについて窃盗の実行の着手に至っていないして無罪とするのは,詐欺未遂と比較すると,均衡を欠くと考えたのでしょう。
最高裁は,「被害者宅付近路上まで赴いた時点では,窃盗罪の実行の着手が既にあった」と言ってるので,この事例のXは窃盗未遂が成立するけど,結局,どの時点で実行の着手があったと評価するのか?は,わかりません。
特殊詐欺は許さない
ただ,おそらく,Xは明らかに末端の人間なんですよネ。判決文を読むと,Yは氏名不詳者となってるし…罪名こそ窃盗(未遂)ですが,これも特殊詐欺の一種といえ,特殊詐欺は許さないという裁判所の考えが現れているとも言えます。
♪Mr.Children「箒星」(アルバム:HOME収録)