最高裁令和4年6月24日判決は、Twitter社に対して逮捕された事実を適示したツイートの削除を認めた判決です。草野裁判官の補足意見が、犯罪の実名報道について言及していて興味深いので、草野裁判官の補足意見を紹介します。
最高裁令和4年6月24日判決
Twitter社に対して、自分が逮捕された事実が記載されたツイートの削除請求を認めた最高裁判決です。この判決については、ニュースでも取り上げられたので、そんな判決が出たんだと認識している人も多いでしょう。判決文は裁判所のWebサイトで公表されてますし、いろんな人が言及してると思うので、ここでは取上げません。
今回、取上げるのは、草野裁判官の補足意見です。補足意見の中で、犯罪報道の実名報道の功罪について言及しています。当然、メディアは、犯罪報道で実名報道を行ってるので、この草野裁判官の補足意見については、取上げません。果たして、犯罪報道の実名報道が必要なのか?考えるきっかけになるといいなと思います。
草野耕一裁判官の補足意見
プライバシーの侵害については、個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない法的利益と当該事実を一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合には侵害行為の差止めを求めることができると解するのが相当である。そこで、この比較衡量を、本事件に則して、以下、仔細に行ってみたいと思う。
①上告人の本件事実を公表されない法的利益
本件各ツイートが上告人のプライバシーを侵害していることは明らかである。確かに、本件事実は上告人自らが引き起こした犯罪に関するものではあるが、有罪判決を受けた者は、その後、一市民として社会に復帰することを期待されており、前科等に関する事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害され、その更生を妨げられることのない利益を有している。したがって、既に略式命令によって科された10万円の罰金を完納し、その後は一市民として健全な生活を送ってきた上告人にとって、本件各ツイートが削除されることによって生活の平穏を取り戻し得ることは法的保護に値する重大な利益といえる。なお、この点に関して、原判決は、ツイッターの検索機能の利用頻度はGoogleなどに比べて高くないことを理由として、「(上告人)が具体的被害を受ける可能性は低下している」などと述べているが、家族や知人が本件各ツイートをいつ見るかもしれないと危惧し続けることによって平穏な暮らしを妨げられている上告人の不利益がツイッターの検索機能が弱いという理由によって甘受し得る程度のものに減少するとは考え難い。
②本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由
最初に考えるべきことは、本件各ツイートは社会的出来事に対する報道に関するものであると評価し得るところ、報道は一回の伝達行為によってその目的を全うし得るものではなく、報道内容に対して継続的なアクセスを可能とすることによってその価値を高め得るという点であろう(以下、この付加価値を「報道の保全価値」という。)。しかしながら、犯罪者が政治家等の公的立場にある者である場合は格別、犯罪者の氏名等は、原則として、犯罪事件の社会的意義に影響を与える情報ではない。よって、犯罪者の特定を可能とするこのような情報を、保全されるべき報道内容から排除しても報道の保全価値が損なわれることはほとんどないといってよいであろう。したがって、犯罪者が公的立場にあるわけではない場合において、なお、犯罪者を特定できる情報を含む犯罪報道を継続することに社会的意義があるとすれば、それは、実名報道をすること自体によって報道の保全価値とは異なる独自の効用が生み出される場合があるからであると考えるほかはない。そこで、以下、考え得る実名報道の効用を列挙し、その価値を個別に検討する。
犯罪者の氏名は、政治家等の公的立場にある人以外は、犯罪事件の社会的意義に影響を与える情報ではないと断言
実名報道の効用
⑴実名報道がもたらす第一の効用は、実名報道の制裁としての働きの中に求めることができる。実名報道に、一般予防、特別予防及び応報感情の充足という制裁に固有の効用があることは否定し難い事実であろう(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の制裁的機能」という。)。しかしながら、犯罪に対する制裁は国家が独占的に行うというのが我が国憲法秩序の下での基本原則であるから、実名報道の制裁的機能が生み出す効用を是認するとしても、その行使はあくまで司法権の発動によってなされる法律上の制裁に対して付加的な限度においてのみ許容されるべきものであろう。したがって、本事件のように、刑の執行が完了し、刑の言渡しの効力もなくなっている状況下において、実名報道の制裁的機能がもたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益として評価する余地は全くないか、あるとしても僅少である。
実名報道の効用の1つ目が制裁的機能、実名報道によって刑罰を受けるのと同様の効果があると考えられる。
⑵実名報道がもたらす第二の効用は、犯罪者の実名を公表することによって、当該犯罪者が他者に対して更なる害悪を及ぼす可能性を減少させ得る点に求めることができる(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の社会防衛機能」という。)。しかしながら、この効用は個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益が法的保護の対象となるとする価値判断と原則的に相容れない側面を有している。なぜならば、人が社会の中で有効に自己実現を図っていくためには自己に関する情報の対外的流出をコントロールし得ることが不可欠であり、この点こそがプライバシーが保護されるべき利益であることの中核的理由の一つと考えられるからである。したがって、実名報道の社会防衛機能がもたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益として評価し得ることがあるとしても、それは、再犯可能性を危惧すべき具体的理由がある場合や凶悪事件によって被害を受けた者(又はその遺族)のトラウマが未だ癒されていない場合、あるいは、犯罪者が公職に就く現実的可能性がある場合など、しかるべき事情が認められる場合に限られると解するのが相当であるところ、本事件にはそのような事情は見出し難い。
実名報道の効用の2つ目が社会防衛機能、実名報道することで、その犯罪者がさらなる犯罪を犯すことを防ぐ効果があると考えられる。
⑶第三に、実名報道がなされることにより犯罪者やその家族が受けるであろう精神的ないしは経済的苦しみを想像することに快楽を見出す人の存在を指摘せねばならない。人間には他人の不幸に嗜虐的快楽を覚える心性があることは不幸な事実であり(わが国には、古来「隣りの不幸は蜜の味」と嘯くことを許容するサブカルチャーが存在していると説く社会科学者もいる。)、実名報道がインターネット上で拡散しやすいとすれば、その背景にはこのような人間の心性が少なからぬ役割を果たしているように思われる(この心性ないしはそれがもたらす快楽のことを社会科学の用語を使って、以下、「負の外的選好」といい、負の外的選好をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の外的選好機能」という。)。しかしながら、負の外的選好が、豊かで公正で寛容な社会の形成を妨げるものであることは明白であり、そうである以上、実名報道がもたらす負の外的選好をもってプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益と考えることはできない(なお、実名報道の外的選好機能は国民の応報感情を充足させる限度において一定の社会的意義を有しているといえなくもないが、この点については、実名報道の制裁機能の項において既に斟酌されている。)。
最後は、もはや効用ではなく、実名報道することによる吊し上げ。
実名報道で最も問題なのは、この効用があることか。
以上によれば、本件各ツイートの記述のうち、まず、上告人の氏名等の犯罪者を特定できる情報を記した部分に関しては、上記情報を公表されない法的利益が上記部分を一般の閲覧に供し続ける理由に優越すると直ちに結論付けることができる。さらに、法廷意見で述べたとおり、本件各ツイートは140文字という限られた字数の中で本件事実を速報することを目的としてなされたものであるとうかがわれること等に鑑みるならば、現時点においては、本件各ツイートの記述全部に関しても、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越しているといえるであろう。
♪Mr.Children「Loveはじめました」(アルバム:IT’S A WONDERFUL WORLD収録)