誤振込みされた預金を他の口座へ移したら犯罪?

山口県阿武町で、1世帯10万円の給付金463世帯分が誤って1世帯に振り込まれた件で、被疑者が電子計算機使用詐欺で逮捕されました。電子計算機使用詐欺の成否は、専門家の間でも議論があります。

Xの罪責を論じよ

ある日、Xが自身の銀行口座を記帳したところ、4000万円が振り込まれていた。振込依頼人からXに連絡があり、誤振込みであることがわかった。しかし、Xは4000万円を返金することなく、オンラインカジノを運営する会社の口座など複数の口座に自身の口座からATMやインターネットバンキングを利用し、4000万円を振り込んだ。

誤振込みの刑法上の問題

 だいぶ端折りましたが、元ネタは、もうわかってると思います。例の誤振込みの事件です。誤振込みの民事上・刑法上の問題についても以前、取上げました(誤振込みされた預金を引出すのは犯罪?)。

 誤振込みされた預金を費消する態様として考えられるのは、以下の3つだろうと思います。

 ①ATMで引出す。

 ②窓口で引出す。

 ③別の口座へ振込む。

 このうち、②は前回取上げました。今回、取上げるのは、③です。

②窓口で引出したら詐欺罪が成立することを前提に検討

 誤振込みされた預金を引出すのは犯罪?で、最高裁平成8年4月26日判決を紹介しました。誤振込みがあっても、銀行との関係では、振込金額相当の普通預金契約が成立すると判断した判決です。この判決を前提とすると、窓口で預金を引出した場合に詐欺罪が成立するのは、おかしいのではないか?ということも触れました。しかし、最高裁平成15年3月12日決定が詐欺罪の成立を肯定したので、以下では、それを前提に検討することにします。

電子計算機使用詐欺の成否

 冒頭の設例のXは、ATMやネットバンキングで振込みをしています。つまり、人をだましていないので、詐欺罪が成立することはありません。また、預金を引出したわけではないので、財物を入手したわけでもないので、窃盗罪も成立しません。

 じゃぁ、犯罪ではないのか?というと、電子計算機使用詐欺の成否を検討する必要があります。

電子計算機使用詐欺とは?

 電子計算機使用詐欺は、昭和62年に創設された犯罪です。コンピュータが普及し、人を介在せずに自動的に処理される取引形態を悪用する事案に対処するために創設された詐欺罪を補充する犯罪です。

 電子計算機使用詐欺罪は、前段と後段で2つの類型を処罰の対象にしています。

 前段は、虚偽の情報又は不正な指令を与えて、財産権の得喪等に関する不実の電磁的記録を作出する行為を処罰対象にしています。後段は、財産権の得喪等に関する虚偽の電磁的記録を供用することにより、財産上の利益を得る犯罪です。

 前段は、コンピュータに虚偽の情報等を与えて財産権の得喪・変更に関する不実の電磁的記録を作ることです。その典型は、銀行のコンピュータに虚偽の情報を与えて、他人の預金を自分の預金に付け替えることです。

 後段は、財産権の得喪・変更に関する虚偽の電磁的記録をコンピュータに差し入れ利用することです。その典型は、偽造したプリペイドカードを使用することです。

 本件で問題となるのは、前段の虚偽の情報を与えて不実の電磁的記録を作成したといえるか?です。

(電子計算機使用詐欺)
第二百四十六条の二 前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

虚偽の情報

 虚偽の情報とは、当該事務システムで予定されている事務処理の目的に照らし、それが真実に反する情報をいいます。金融実務における入金や振替入金・送金に関していうと、入金等の処理の原因となる経済的・資本的実体を伴わないか、又はそれに符合しない情報のことをいいます。

Xは虚偽の情報を与えたのか?

 冒頭の設例のXは、果たして虚偽の情報を与えたといえるのでしょうか?最高裁平成8年判決を前提とすると、Xには、4000万円について銀行との関係では、預金が有効に成立すると言っているので、虚偽の情報ではないことになります。ただ、最高裁平成15年決定を前提に検討するんでしたネ…

 最高裁平成15年決定は、組戻しの関係で誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があることを理由に詐欺罪の成立を肯定しました。とはいえ、電子計算機使用詐欺における虚偽の情報かどうかは、客観的に事実と合致するかどうか?という話しのはずです。そうすると、4000万円はXの口座にあるので、虚偽の情報ではないことになり、電子計算機使用詐欺は成立しないのではないか?と考えられます。

 手元にある刑法各論の基本書(西田典之「刑法各論」)では、結論として、電子計算機使用詐欺罪が成立すると書かれています。また、井田先生もこんなツイートをしていて、電子計算機使用詐欺罪が成立することに異論がないようです。

情報の概念を広げる?

 ちなみに、コンメンタールでは、いわゆる還付金詐欺で、振込送金する意思のない被害者にATMを操作させ、銀行の事務処理を行うコンピュータに虚偽の情報を与え被告人が管理する口座の残高を増加させる行為も虚偽の情報に当たるとされています。

 コンメンタールの例では、被害者の主観的な意思に反していることを虚偽と捉えているようです。ということは、虚偽の情報かどうかについて、被害者の主観的な意思も考慮するのだとすると、Xについても誤振込みで返金が必要だと認識している以上、虚偽の情報に当たることになるでしょう。

 要するに、「虚偽の情報」の定義中の「当該事務システムで予定されている事務処理の目的に照らし」て真実に反するかどうか?がポイントだと考えられます。つまり、虚偽かどうか?を検討してましたが、情報の中に目的を取り込むことができれば、割と違和感がないのではないかと思います。

 電子計算機使用詐欺罪のいう情報とは、単なる数字や記号のことではないという理解です。たとえば、インターネット決済でクレジットカード番号のみを入力するというシステムがあったとします。その入力画面に他人のクレジットカード番号のみを入力すると、番号は本物の番号ですが、クレジットカードの名義人のみが当該クレジットカードを利用することができるので、クレジットカード番号を入力した場合、当然、それは、自分の名義のクレジットカードであるという情報も含んでいるのだと理解すると、他人のクレジットカード番号を入力するのは、虚偽の情報を入力したことになります。

 冒頭のXについては、4000万円の預金が銀行との関係だけでなく、第三者との関係でも組戻しや返還請求されることのない完全に正当な権限を有しているという情報を含むのだとすると、虚偽の情報を入力したことになるんでしょう。

最高裁まで行くのか?

 実際の事件で、電子計算機使用詐欺罪で起訴されるのかは、わかりませんが、弁護人としては、事実関係は争わなくても電子計算機使用詐欺罪が成立しないという主張は当然するのでしょう。そうすると、最高裁までもつれるのかもしれません。

♪Mr.Children「さよなら2001年」(アルバム:B-SIDE収録)

 

 

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