私人による逮捕はハードルが高い

私人逮捕系YouTuberとかいう謎の属性の人が逮捕されたというニュースがありました。私人が被疑者を逮捕するのはハードルが高いという話しをします。

逮捕状なしに逮捕されない

 私人逮捕系とかいうそんなカテゴリーそもそもないだろと思うのですが、それは置いといて、そもそも、大原則として、逮捕状なしに、被疑者を逮捕することはできません。これは、憲法で規定されています。

第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

 司法官憲というのは、裁判官のことです。私人が逮捕状を持ってるわけないので、当然、逮捕することはできません。曲がり間違っても、逮捕なんてすると、暴行罪(刑法208条)や傷害罪(刑法204条)、場合によっては逮捕罪(刑法220条)に問われます。

(逮捕及び監禁)

第二百二十条 不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。

被疑者を逮捕できる権限のある人は限られている

 被疑者の逮捕について規定しているのは、刑事訴訟法です。刑訴法上、被疑者を逮捕できる権限が与えられているのは、①検察官、②観察事務官、③司法警察員のみです(刑訴法199条)。

第百九十九条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。

 刑訴法199条は、逮捕状による逮捕(通常逮捕)の規定です。憲法33条が、現行犯を除いて逮捕状なしに逮捕できないと規定しているので、逮捕権者は上記の3名のみです。

現行犯は例外的に誰でも逮捕できる

 憲法33条も現行犯であれば、逮捕状なしに逮捕できることを認めています。そして、現行犯については、誰でも逮捕状なしに逮捕できることになっています(刑訴法213条)。現行犯逮捕であれば、私人が行っても、正当行為(刑法35条)として違法性が阻却され、逮捕罪に問われることはないのです。

第二百十三条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。

 刑訴法213条が、現行犯について、私人にも逮捕権があることを認めている規定です。ただ、コンメンタールとかを見てると、完全に一般私人が逮捕することを想定しているのではなく、捜査機関が権限外の犯罪について、私人として逮捕するしかないので、規定したっぽい書き方をしています。もっとも、警察官の場合は、管轄区域外でも公務として現行犯逮捕できることになっています(警察法65条)。

現行犯って?

 私人が逮捕できるのは、現行犯のみです。そもそも現行犯って何?ということが問題になります。刑訴法212条が現行犯を定義しています。ちなみに、現行犯のことを刑訴法は、現行犯人と呼んでいます。

第二百十二条 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。

 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。

 犯人として追呼されているとき。

 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。

 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。

 誰何されて逃走しようとするとき。

 現行犯とは、①現に罪を行う者、つまり、犯罪の実行行為を行ってる最中の人のことです。また、②現に罪を行い終わった者、つまり、犯罪の実行行為を終了した直後の人も現行犯です。

 今まさに刃物で人を切りつけようと振りかぶってる人は、①の現行犯です。今まさに刃物で人を切りつけた人は、②の現行犯です。

 ②の現行犯かどうかは、犯罪の実行行為と時間的接着性と場所的接着性等から総合的に判断されます。

準現行犯

 刑訴法212条2項は、準現行犯について規定しています。準現行犯は、現行犯ではないけれど、現行犯として扱っても問題ないような状況を現行犯に準じて扱うという規定です。

 たとえば、「泥棒」と叫びながら走ってる人に追いかけられてる人とか、全身に返り血をべっとり浴びて血の滴るナイフを持ってる人とかが、準現行犯に当たります。

 準現行犯は、「罪を行い終わってから間がない」という要件が必要です。つまり、時間的接着性が必要なのです。条文上は、時間的接着性のみを要求していますが、場所的接着性も必要と解されています。なお、2項は、1号~4号まで規定していますが、その複数に該当すれば、犯罪と犯人の結びつきが強いので、時間的、場所的接着性は緩く解されます。

現行犯かも?って思っただけではダメ

 現行犯か準現行犯の要件を満たさないと、現行犯逮捕はできません。現行犯かどうかは、逮捕者の主観的な認識ではダメで、逮捕時点の具体的な状況に基づいて客観的に判断されます。

 もっとも事後的な判断ではなく、あくまでも逮捕時点の判断です。後に、嫌疑不十分とされても、必ずしも逮捕が遡って違法となるわけではありません。

 古い裁判例ですが、現行犯であることが現場の状況等から逮捕者に直接覚知できる場合でなければならず、被害者の報告以外に外見上犯罪があったことが直接覚知できる状況がない場合は、現行犯逮捕できないという裁判例があります。

逮捕の必要性が必要

 被疑者を逮捕するには、逮捕の必要性が要件とされています。逮捕の必要性の有無は、被疑者の年齢、境遇、犯罪の軽重・態様、その他諸般の事情を考慮して、逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれの有無等により判断します(刑訴法規則143の3)。

 現行犯逮捕も逮捕の必要性は必要とされています。もっとも、現行犯は、逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれは、一般的にあるので、逮捕の必要性は、一般的に推定されると解されています。特別の判断を要さず明らかに逮捕の必要性がないと認められる場合は、現行犯逮捕はできません。

 30万円以下の罰金、拘留、科料に当たる軽微な犯罪の現行犯逮捕は、犯人の住居・氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限って認められます(刑訴法217条)。

私人による現行犯逮捕はハードルが高い

 現行犯逮捕の要件をざっと見てきました。そもそも、現行犯なのか?という判断が結構、難しいです。しかも、咄嗟にしないとダメなので、なおさらです。したがって、私人による現行犯逮捕はハードルが高いと思います。それ以上に、その後の手続きが面倒くさいんですが、その話しは、別の機会にすることにします。

♪Mr.Children「HANABI」(アルバム:SUPERMARKET FANTASY収録)

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