穂積陳重著「法窓夜話」の続編,今回は11話~15話を取上げます。
法窓夜話
法窓夜話は,明治時代の法学者である穂積陳重が,古今東西の法律の小話を100篇まとめたものです。法窓夜話と続編の続・法窓夜話にそれぞれ各100篇,合計200編の法律にまつわる小話がまとめられています。
思うところあって,そんな法窓夜話の内容をまとめておこうと思い立ちました。今回は,11話~15話をまとめておきます。
法窓夜話の1話~5話:法窓夜話1~5
法窓夜話の6話~10話:法窓夜話6~10
11 ドラコーの血法
古代アテネにドラコーという執政官がいた。ドラコーは「血法」と呼ばれる過酷な法を制定した人物である。もっとも,ドラコーのオリジナルではなく,アテネの慣習法として存在していたのをドラコーが法典として編纂しただけらしい。
この法律がどれだけ過酷かというと,とにかく死刑にする法律なのだ。たとえば,リンゴを1個・2個盗むと死刑,野菜を2個・3個盗むと死刑といった具合に。究極は,怠けると死刑になってしまう。
また,人だけではなく,無生物にも刑罰を科そうとしていた。たとえば,石や木につぶされて人が死ぬと,その石や木に刑罰を科すという驚きの法律だった。
ある人が,ドラコーに「何で死刑ばっかにするの?」と聞くと,ドラコーは「軽い罪が死刑なんだけど,重い罪に適当な刑がないんだよなぁ~」と言ったらしい。つまり,リンゴを盗むとかの軽い罪が死刑相当なんだけど,殺人とかの重罪に対して,死刑以上の刑がないんだということを嘆いていたらしい。
ちなみに,ドラコーの作った法律を「血法」と呼ぶのは,墨ではなく,血で書かれていたかららしい。なぜ,血?誰の血?
12 ディオニシウス、懸柱の法
シチリアのシラキュース王ディオニシウスの話し。ディオニシウスは暴君として有名だった。ディオニシウスは厳しい法律を作って人々を苦しめていた。
ディオニシウスは,法律の内容を板に書き,竿の先に付けて高く掲げて,公布したことにした。人々は,竿の先を見て,「また,俺たちを苦しめる法かぁ~」と想像したが,その内容は知ることがなかった。
立法者が法律を作る際に,法律っぽくしたいから,難しい言葉を使ったりするのは,ディオニシウスと同じことだ。民法の編纂の際に,「文章用語は意義の正確を欠かざる以上なるべく平易にして通俗なるべきこと」と法典調査会が議決したのは,このことを注意するためだった。
13 踊貴履賤
斉の景公が,太夫の晏子に,「お前の家,町中にあるから,物価の高い低いとか,わかるやろ?」と聞いた。すると,晏子は「そうですねぇ~最近,履物が高くて,義足は安いですね。」と答えた。
当時,景公は,過酷な刑罰を科していたので,晏子が表向きは,物価の話しをしながら,実は,刑罰が過酷ですよと戒めたのだった。景公もそれを察して,その後は刑を省いたという。
14 商鞅、移木の信
キングダムでお馴染みの秦が中国を統一できたのは,韓非子・商鞅・李斯といった英傑が刑名法術の政策を用いたからだという。そして,秦が二代で滅びたのは,焚書坑儒が原因となった。
商鞅が秦に仕えて相になった時,長さ三丈の木を市の南門に立て,「この木を北門に移したら,10金を与える」という令を出した。人々は怪しんで誰も木を移さなかった。そこで,さらに令を出して,「木をちゃんと移したら50金を与える」とした。すると,物好きが,じゃぁ,やってみようということで,木を北門に移したところ,商鞅は,その者に50金を与えた。
これに人々は驚き,商鞅の法は,信賞必罰で,従うべきで破るべきではないと心にとめ,10年間で,令を出せば必ず実行され,禁をだせば必ず止まり,新法は着実に実施されて,秦の富強への道を開いた。
しかし,こんな子供だましで法令をもてあそぶのは,我々のすることではないと穂積陳重は,厳しく非難している。法の威力の真の根拠は,その社会的価値にある。商鞅のように,「木を北門に移す」という何のためにやるのかわからない,つまり,社会的価値のない法律を作り,信賞必罰によってその実行を期するというのは,根本的な誤りである。このような法律万能主義は,かえって,東洋における法律思想の発達を阻害した原因となった。
15 側面立法(Oblique legislation)
土佐藩の家老・野中兼山は,儒学者でもあった。野中は,専ら実行を主とする学者だった。著作は多くないが,後世に残した実績は少なくない。
野中は非常に厳しく,命令に従わない者に対しては容赦することはなかった。厳刑重罰によって正面から制圧していた。そんな野中にも巧妙で穏和に対処した事例が存在する。
当時,土佐では一般に火葬が行われていたが,野中は儒教主義から火葬を禁止した。しかし,長年の習慣は,そう簡単に変えることができない。そこで,野中は火葬を禁止せず,むしろ,罪人の死体は必ず火葬するようにと令を出した。すると,火葬は次第に減っていき,ついに,火葬の風習はなくなった。
野中の取った策は,目的がそこではないようにみせて,途中で急に本来の目的に向かって動き出す敵本主義の側面立法の例である。
♪Mr.Children「血の管」(アルバム:シフクノオト収録)