誤振込みされた預金を引出すのは犯罪?

山口県阿武町で、1世帯10万円の給付金463世帯分が誤って1世帯に振り込まれたことがニュースになっています。誤振込みの問題を法律的に検討します。

民事と刑事を区別する

 この手の話しをする際に、最も重要なのは、①民事上の責任と②刑事上の責任を区別することです。

 ①民事上の責任は、誤振込みがあった預金は、誰のものなのか?という問題です。言い換えると、誤振込みがあった場合、その預金口座の権利者は、誤振込みされた預金を返還しないといけないのか?という問題です。

 ②刑事上の責任は、刑罰の対象になるか?という話しです。誤振込みがあった場合、その預金を引出したら、何か罪に問われるのか?という問題です。

 このように、①民事と②刑事は、まったくの別物です。誤振込みがあった預金口座の所有者をAさんとすると、仮に、Aさんが刑事罰を受け、刑務所に収監されても、誤振込みされたお金が自動的に戻ってくるなんてことはないのです。

民事上の責任は?

 給付金の誤振込みのニュースを簡略化すると、お金の流れは、町→銀行→Aさんとなります。10万円は、Aさんのものですが、10万円を超える4620万円は、誤振込みというわけです。

 この誤って振込まれた4620万円は、民法上は、不当利得になります。

(不当利得の返還義務)
第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

 不当利得のポイントは、「法律上の原因なく」ということです。Aさんは、4620万円を受領する権利や権原がないにもかかわらず、受領した(一方的に振込まれたわけですが)ので、4620万円については、法律上の原因がないことになります。したがって、Aさんは、町に返還する義務があります。

全額返還しないといけないのか?

 Aさんに返還義務があるのは、わかりました。Aさんが、誤振込みされた4620万円をそのまま持ってれば、問題はありません。しかし、Aさんが、使ってしまってたら、使った分も含めて全額返還しないといけないのでしょうか?

 さきほど引用して民法703条は、「その利益の存する限度において」と規定しています。つまり、使ってしまったら、その分はもう返さなくていいよと言っているのです。

 とはいえ、常に、全額返還しなくていいのは、公平ではない場合があります。そこで、

(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条 悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

 悪意の受益者は、利息を付けて全額返還する義務を負います。悪意というと、ものすごく悪いヤツみたいですが、法律用語の悪意とは、知っているという意味です。つまり、悪意の受益者とは、その給付について、自分に法律上の権利や権原がないことを知っているということです。知っていながら、使ったんだから、全額返せやということです。

 ということは、使った分は返さなくていいのは、善意の受益者、つまり、その給付について、自分に法律上の権利や権原がないことを知らなかった場合です。

 今回のケースは、悪意と認定されるんだろうと思っています。自分の住んでる自治体から4000万円超える給付を受取る権原があるとは、誰も思わないでしょうから。

返ってくるかは、Aさんの資力次第

 民事上の責任を検討しましたが、法律上の話しです。実際に4620万円が返ってくるかは、Aさんの資力次第です。報道によると、連絡がつかず、行方もわからないらしいので、本人は、返す気はないんでしょう。そうなると、Aさんの財産を差押えて回収するしかないわけで、淡々と仮差押・訴訟・強制執行とやってくしかないんでしょう。

刑事上の責任は?

 この手の話しになると、みんな刑事罰を科したがります。冒頭でも書きましたが、Aさんを刑務所に入れたところで、お金が返ってくるわけじゃないんですけどね。とはいえ、Aさんは、何か罪に問われるのか?を検討します。

検討するのは、預金を引出した行為

 検討するのは、Aさんが何か罪に問われるのか?ということですが、その対象となる行為は、Aさんがお金を返さないことではありません。Aさんが預金を引出した行為が犯罪なのか?が問題なのです。

 預金の引出しといっても、①ATMで引出した、②窓口で引出した、③別の口座へ振込んだと態様は様々です。今回は、基本的に②を検討します。

 ②窓口で預金を引出す場合、詐欺罪が成立しそうです。銀行は、誤振込みがあったとわかれば、組戻しを行うので、その前提として、預金者は、銀行に誤振込みがあったと申告する義務があったと考えるわけです。しかし、こんな最高裁判決があります。

最高裁平成8年4月26日判決

 最高裁は、銀行の普通預金口座に振込みがあった場合、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係があるかどうかに関係なく、受取人と銀行との間では、振込金額相当の普通預金契約が成立すると言っています。

 つまり、振込みが誤振込みだったとしても、預金口座の所有者は、銀行からその預金を引出す権限があると言っているわけです。ということは、預金者に正当な権限がある以上、銀行に誤振込みがあったことを申告する義務を課すことはできません。

 その一方で、こんな最高裁判決があります。

最高裁平成15年3月12日決定

 誤振込みがあったにもかかわらず,そのことを告げず、窓口で預金を引出した行為が、詐欺罪に該当すると判断した判決です。

 受取人においても、銀行との間で普通預金取引契約に基づき継続的な預金取引を行っている者として、自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には、銀行に上記の措置を講じさせるため、誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。社会生活上の条理からしても、誤った振込みについては、受取人において、これを振込依頼人等に返還しなければならず、誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから、上記の告知義務があることは当然というべきである。そうすると、誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐偽罪の欺罔行為に当たり、また、誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たるというべきであるから、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する。

詐欺罪が成立するんだけど…

 最高裁平成15年3月12日決定が存在するので、およそ、誤振込みがあったにもかかわらず,そのことを申告せずに、銀行の窓口で預金を引出したら、詐欺罪が成立します。

 ここからは、私見を少しだけ。民法上は、不当利得返還義務があるとはいえ、銀行との関係では、預金を引出す正当な権限があるにもかかわらず,詐欺罪が成立するというのは、バランスが悪い感は否めません。

 冒頭で、民事上の責任と刑事上の責任は、別物と書きました。なので、民法と刑法で、結論が違ってもいいという考え方があります。ただ、すべての法律は、憲法の下にあるので、2つの法律で矛盾が生じるという事態はあってはならないはずです。そして、国が刑罰を科すというのは、最終手段であるべきです。と考えると、民法上は問題がないのに、刑法上は犯罪が成立してはいけないんです。

♪Mr.Children「NOT FOUND」(アルバム:Q収録)

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