穂積陳重著「法窓夜話」の続編です。今回は,81話~85話を取上げます。
法窓夜話
法窓夜話は,明治時代の法学者である穂積陳重が,古今東西の法律の小話を100篇まとめたものです。法窓夜話と続編の続・法窓夜話にそれぞれ各100篇,合計200編の法律にまつわる小話がまとめられています。
思うところあって,そんな法窓夜話の内容を個人的にまとめておこうと思い立ちました。今回は,81話~85話を取上げます。
法窓夜話1話~5話:法窓夜話1~5 法窓夜話6話~10話:法窓夜話6~10
法窓夜話11話~15話:法窓夜話11~15 法窓夜話16話~20話:法窓夜話16~20
法窓夜話21話~25話:法窓夜話21~25 法窓夜話26話~30話:法窓夜話26~30
法窓夜話31話~35話:法窓夜話31~35 法窓夜話35話~40話:法窓夜話35~40
法窓夜話41話・42話:法窓夜話41・42 法窓夜話43話~45話:法窓夜話43-45
法窓夜話46話~50話:法窓夜話46-50 法窓夜話51話~55話:法窓夜話51-55
法窓夜話56話~60話:法窓夜話56-60 法窓夜話61話~65話:法窓夜話61-65
法窓夜話66話~70話:法窓夜話66-70 法窓夜話71話~75話:法窓夜話71-75
法窓夜話76話~80話:法窓夜話76-80
81 食人を無罪とす
ベーコンは,船が難破した場合に,2人の遭難者が,1人だけを支えることの出来る板を取り合い,1人が,もう1人を突き落として,1人が助かり,1人が死亡した場合,生き残った者は殺人罪に問われるか?という有名な問題を提示した(カルネアデスの板として有名)。ベーコンは,このように,2人が併存できない場合,自保の法則により,罪にはならないとに考えを示した。
チゥスは,仮に,飢餓に差し迫った者が,パン屋の店先を通りかかった際に,出来心でパンを盗み,食べて飢餓を免れたとしても,窃盗罪は成立しないと言っていた。
インドの古聖法は,餓死に瀕した場合,人を殺して,その肉を食べても,それは自保のためなので,罪にならないとする。マヌー法典第十巻の中に,そのような条文がある。
このように,当時は宗教,法律共に,自保のために,人を殺してその肉を食べることを許容していたと思われる。
82 掠奪刑
原人中には,刑罰として罪人の財産を強奪することを許すことがある。例えば,フィージー島の土人であるニュー・ジーランド人中には,タブー(禁諱)を犯す者がいるときは,その刑罰として,隣人がその犯人の財産を何でも奪い取ることを許している。この刑罰を“Muru”という。タブーに触れる者が現れると,近隣の者は,みんな集って,刑の宣告を待った。有罪判決の言渡しがあると,我先に,その罪人の家へ駆けつけ,手当り次第に家財や家畜などを奪い去った。
このような刑罰は,罪人の財産権剥奪に等しいものであり,財産に関しては,その罪人を法の外におくものである。後世の没収刑も,この種の罰が発達したおので,財産を国に収めるのと,隣人の奪取に任せるのとの違いがあるだけである。また,この刑に処せられた者は,財産の全てを失ってしまうので,その刑の過酷さは言うまでもない。
もっとも,ハワイその他の蛮族中には,タブーを犯す者は,死刑に処するものとするものがあるのに比べると,むしろ大なる進歩と言わなければならない。
83 食人刑
刑罰は,復讐に起り,正義になり,仁愛に終わるものである。したがって,原始社会では,刑罰は,被害者や被害者の親族又は君主等の怨恨を解き,復讐の念を満足させることを直接の目的としていた。
人が他人を憎み怨む念を極端に言い表すために,中国では「欲レ食二其肉一」という語がある。これは,文明社会では,単なる比喩表現に過ぎないが,蛮族間では,事実を言い表したものである。北アメリカのインディアンにも類似の言葉がある。
刑罰の目的が復讐であり,人を憎むことの究極が食肉ならば,極刑が食人刑であることは不思議なことではない。アフリカの蛮族バッタ人は,叛逆,間諜,姦通,夜間強盗といった罪を犯した者を食人刑に処す。一族の人に,その罪人の肉を食べさせることを死刑の執行方法とする。また,蛮族には,死刑囚の肉を生前に売却し,または刑の執行後,民衆が勝手にその肉を取り分けることを許す習俗が行われているということも,しばしば聞くところである。
84 本居翁の刑罰論
本居宣長は,除害主義の死刑論を説き,徴証主義の断訟論を唱えられたようである。「玉くしげ別本」に以下のような記述がある。
刑は,緩く軽い方がいい。ただし,生きていれば,世の中に害悪を与える者は,殺してもいい。一人でも人を殺すことは,重大なことだが,大抵の事は,死刑が行われないのはありがたいことである。そのため,最近は,決して殺してはならない人も裁判が難しければ,毒薬を用いて,病死として裁判を終わらすこともあるという。放火や押し込み強盗の裁判では,覚えのない者も拷問により自白させ,自白さえすれば,その真偽を確かめることなく,犯人として刑に処すこともある。あるまじきことである。刑法の定めは良くても,法を守ろうと,却って人を殺すことがあり,よく慎むべきである。たとえ,多少,法から外れても,事情を考慮して減刑するのは問題ない。海外では,怒りにまかせて,みだりに死刑を行い,地位や家柄が高い人であっても,斟酌せず厳刑に処しているという。日本では,要人は,刑もゆるくなっているのは,ありがたいことである。
85 奇異なる死刑
古代の刑法に,過酷な刑が多いことは言うまでもないが,ローマの古法もその一つである。ユスティニアヌスの「法学提要」によると,Lex Pompeia de Parricidiis(レックス・ポムペイア・デ・パリシディース)という法律があり,殺親罪に当たる他に類をみない奇異な刑罰がある。殺親罪(Parricidium)という罪名には,親以外の近親に対する殺人罪も含んでいた。これらの罪の犯人は,大罪人であって,剣ではなく,火でもなく,その他通常の刑に処することなく,犬・鶏・蛇・猿と共に,皮袋の中に縫い込み,そのまま,土地の状況により,海中又は河中に投げられ,生存中から一切の生活要素の供与を絶ち,生前においては空気を奪われ,死後においては土を拒まれる。もし,近辺に海も河もなければ,猛獣にその身体を引き裂かれるという。
♪Mr.Children「友とコーヒーと嘘と胃袋」(アルバム:Q収録)