法窓夜話26~30

穂積陳重著「法窓夜話」の続編です。今回は,26話~30話を取上げます。

法窓夜話

 法窓夜話は,明治時代の法学者である穂積陳重が,古今東西の法律の小話を100篇まとめたものです。法窓夜話と続編の続・法窓夜話にそれぞれ各100篇,合計200編の法律にまつわる小話がまとめられています。

 思うところあって,そんな法窓夜話の内容をまとめておこうと思い立ちました。今回は,26話~30話をまとめておきます。

 法窓夜話1話~5話:法窓夜話1~5

 法窓夜話6話~10話:法窓夜話6~10

 法窓夜話11話~15話:法窓夜話11~15

 法窓夜話16話~20話:法窓夜話16~20

 法窓夜話21話~25話:法窓夜話21~25

21 死の骰子

 ドイツの帝室博物館に「死の骰子」が陳列してある。17世紀に,とある事件を解決した歴史的に有名な物らしい。

 その事件は,ある美少女が殺害された。容疑者として,殺害された少女をめぐって争っていた二人の兵士が浮上した。その兵士は,ラルフとアルフレッドという。しかし,二人とも拷問まで行っても,自白することなく,自分は無実だと言い張っていた。

 そこで,フリードリヒ・ヴィルヘルムは,ラルフとアルフレッドにサイコロを振らせて,負けた方を犯人にするという神意裁判を行うことを決めた。

 神意裁判の当日,フリードリヒ・ヴィルヘルム自らが主宰し,荘厳な儀式が行われた。まず,ラルフが2個のサイコロを振った。出た目は,ともに6の合計12だった。これで,ラルフの負けはなくなった。

 絶体絶命のアルフレッドは,跪き,切なる祈りを神に捧げた。「私の無実を知っている全能の神よ,私に加護を与え賜え」と。そして,アルフレッドが2個のサイコロを振る。サイコロの1つは6だった。もう一つのサイコロはというと,2つに割れ,その一つは6を,もう一つは,1だった。そう,合計13が出たのだ。

 この結果に,ラルフは,神の意志に恐れをなし,自らが犯人であることを告白した。フリードリヒ・ヴィルヘルムは,「まさに,神の判決だ」と叫んで,直ちに死刑を宣告した。

27 最も長き訴訟

 訴訟は,現代においても,時に,ものすごく長引くことがある。シェイクスピアのLaw’s delayという言葉が有名になっている。

 おそらく,これまでで最長の訴訟は,イギリスのバークレー事件だろう。この事件は1416年に始まり,1609年に終わった。

 ヘンリー5世の頃,ロード・バークレーの4代目はトマスという人物であった。トマスには,エリザベスという娘以外に子どもがいなかった。エリザベスは,ウォリック伯に嫁いだため,バークレー領は,近親の男子が相続した。その後,エリザベスの子孫が,この相続権を争ったのが,バークレー事件の始まりである。

 この事件は,法廷闘争だけでなく,武力行使に訴えるという大騒動になり,1469年には双方500人の軍勢を率いる戦に発展した。エリザベスの孫のタルボットは,戦死したが,タルボットの親戚が訴訟を継続した。その後,ジェームズ一世の時に判決が出て,エリザベスの子孫側が敗訴した。

28 矛盾の申立

 幕府の優秀な役人の渡辺大隅守綱貞が町奉行であった時,ある町医者が訴訟を提起した。医者の言い分は,全治すれば金5両の謝礼という約束で,ある患者の治療を行った。患者は病気が治ったのに,謝礼を支払わないというものだ。

 綱貞は,被告に対し,原告の医者の言う通り,病気が治ったと見受けられるから,すぐに謝礼を支払うように言った。被告は,白洲の砂に頭を埋め,「長年の病気で財産がなく,すぐに支払うことはできない」と言った。

 綱貞は,さらに,「大切なる病気の治療を頼みながら,治ったのに謝礼を支払わないのは,不届千万だ,体を売ってでも金を調達しろ。」と被告に言った。被告は,「悪い病気だったので,雇ってもらいたくても,誰も雇ってくれなくて,どうしょうもないんです。」と返した。

 綱貞は,被告が憐れに思えてきて,原告の医者に,「あなたが身元保証人になって,被告を働かせて,その給料から謝礼をもらえばいいじゃない」と提案するが,医者は応じない。「こんな汚らわしい病人を雇う人がどこにいるでしょうか,すぐに判決してください。」と言う。

 すると,綱貞は,「矛盾した戯言をぬかすな,病気のせいで人から避けられているのなら,医者が病気が治ったと証人になるのは当然だろう。それを拒否するのは,病気は治ってないんじゃないか。治ってないのに,治ったと言って謝礼を騙し取ろうとするのは,仁術を仕事とする人間にあるまじき行為だ。」と一喝した。

29 幽霊に対する訴訟

 アイスランドの西海岸フローザーに,トロッドと称する酋長がいた。ある日,航海中に船が壊れ,部下とともに溺死してしまった。船の残骸は海浜に打ち上げられたが,溺死者の遺体は発見できなかった。

 酋長の妻と子のキャルタンは,慣習に従い,葬儀を行った。その1日目,日が暮れて暖炉に火をともすと,全身ずぶ濡れのトロッドやその部下が暖炉の周りに着席していた。その日,集まっていた客人たちは,この幽霊を歓待した。その翌日にもトロッドたちの幽霊が現れた。そして,葬儀が終わってからも,幽霊が現れるので,恐怖を抱き,誰も暖炉のある部屋には,近づかなくなった。

 火を付けると,幽霊が出現するので,炊事にも支障をきたすようになった。そこで,キャルタンは,幽霊用の火を別室に付けて,炊事に支障が出ないようにしていた。それから,身内に不幸が続出し,ついに,トロッドの妻は病気で死亡した。

 キャルタンは,困って,伯父に当たる有名な法律家スノルリに相談し,幽霊に対する訴訟を提起することにした。キャルタンと他7名が原告となり,トロッドとその部下の幽霊に対し,住居侵入・致死の訴訟を提起した。訴訟は,通常の訴訟と同じように進行し,幽霊に対して判決を言い渡した。判決を言い渡された幽霊は,二度と現れることはなかった。

30 ガーイウスに関する疑問

 ガイウスは,ローマの5大法律家の一人で,サビニアン派に属し,その著述も多く残っている。ユスティニアヌスが編纂した学説彙纂にも多くの学説が引用されている。このガイウスには,以下の点がまだ解明されていない。

 ①生年月日が不明。

 ②国籍が不明。ローマ人だという人もいれば,そうではないという人もいる。

 ③答弁権(法律上の問題に対し答弁をなす公権)を持っていたかが不明。古代ローマにおいて,法律学者のほとんどは,立法や実務に携わっていたが,どうもガイウスは,専業の法律教師だったらしい。

♪Mr.Children「ヨーイドン」(アルバム未収録)

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