法窓夜話31~35

穂積陳重著「法窓夜話」の続編です。今回は,31話~35話を取上げます。

法窓夜話

 法窓夜話は,明治時代の法学者である穂積陳重が,古今東西の法律の小話を100篇まとめたものです。法窓夜話と続編の続・法窓夜話にそれぞれ各100篇,合計200編の法律にまつわる小話がまとめられています。

 思うところあって,そんな法窓夜話の内容を個人的にまとめておこうと思い立ちました。今回は,31話~35話をまとめておきます。

 法窓夜話1話~5話:法窓夜話1~5

 法窓夜話6話~10話:法窓夜話6~10

 法窓夜話11話~15話:法窓夜話11~15

 法窓夜話16話~20話:法窓夜話16~20

 法窓夜話21話~25話:法窓夜話21~25

 法窓夜話26話~30話:法窓夜話26~30

31 評定所に遊女

 評定所は,徳川幕府の機関で,老中・寺社奉行・町奉行・勘定奉行の三奉行らが,最も重大な訴訟を評議する所だった。今でいう最高裁判所に相当するものだ。

 評定所の起原は,幕府成立当初,町中に何か訴訟があると,大老・老中以下諸役人の出席を求め,判決を下したのが始まりだった。当時,市民からの求めにより,判決をしてもらったので,食料等を町中から持ち寄り,役人たちの給仕に,遊女を用いた。その後,国の制度が整備され,評定所を建築し,給仕には城の坊主を用いるようになった。

 遊女を評定所へ出す際は,船に乗せて往来させていた。船には屋根がなく,夏は暑いので,その船に屋根を造る事を願い出でて許された。屋根船は,ここから始まった。遊女のことを「サンチャ」と呼んでいいたので,屋根船のことを古くは「サンチャ船」と呼んでいた。また評定所の傍の岸に,船を着ける場所があって,そこを「吉原ガンギ」と呼んでいたのは,昔,遊女の船を繋いだところだったからだという。

32 判事ガスコイン、皇太子を禁獄す

 イギリスのヘンリー5世が皇太子だった頃,寵臣がたまたま,罪を犯して捕らえられ,王座裁判所で公判が開かれることになった。このことを聞いた,ヘンリー5世は,ブチ切れ,すぐに法廷へ出向き,「直ちに被告人」を釈放しろ」と声を荒げ,裁判官に命じた。

 法廷に並んでいる者はこれを見て愕然としてただ互に顔を見合せるのみであった。裁判長のガスコインは,静かに,ヘンリー5世に向かって,「殿下,私は殿下が,彼の近臣の王国の法律によって処分されることに満足されることを希望致します。しかしながら、もし法律または裁判があまりに過酷だと思われるなら,父君の皇帝陛下に特赦の願いでればいいでしょう。」と丁寧に進言した。

 ヘンリー5世は,この進言に耳を傾けることなく,自ら被告人の手をとって,連れ去ろうとした。ガスコインは,これを制止し,大声で一喝し,ヘンリー5世に退廷を命じた。ヘンリー5世は,烈火のごとく怒り,剣の柄に手をかけ,判事席に駆け寄り,判事に打ちかかろうという様子だった。ガスコインは,ヘンリー5世に,「殿下,私は今,皇帝陛下の御座を占めつつあることをお忘れなく。皇帝陛下は,殿下の父君にしてまた君主です。したがって,殿下は,二重に服従の義務を負っているのです。私は今,陛下の名をもって,殿下にこの不法なる暴行を禁じ,かつ,将来,殿下の臣民たるべき者に対して法律遵法の模範を殿下自らが示されることを勧告いたします。殿下は,既に法廷侮辱の罪を犯されたのであります。したがって,私は,これに対して殿下を王座裁判所の獄に禁錮し,もって皇帝陛下の勅命を待とうとするものでございます」と言った。

 ガスコインの厳然たる態度に,さすがのヘンリー5世もしばらくの間,呆然と立ち尽くしていた。やがて,手に持った剣を投げ捨て,判事に一礼すると,踵を返して,自ら裁判所の拘留室へ行った。

 事の顛末を聞いた皇帝は歓喜し,「正義をおそれない判事と恥辱を忍んで法に従う後継ぎを与えられたる恩恵を感謝し奉る」と叫んだという。

33 栴檀を二葉に識る

 イギリスのある市の裏通りでは,数人の子どもがマーブル遊びに熱中している。彼らは,小学校に通えないほどの貧しい子どもだった。僧侶のボーイスが子どもたちの遊びを眺めていた。ボーイスは,子どもの中に,ひと際異彩を放つ子どもを見つけた。ボーイスは,その子どもに菓子を与え,家に招いて文字を教えた。すると,一を聞いて十を知るほどの才能があった。ボーイスは,乗り気になり,授業料を負担し,その子を学校へ通わせた。

 30年後,ボーイスは,議会を傍聴していた。昔,裏通りでマーブルで遊んでいた貧しい子どもは,演説壇上で皆の視線を一身に集めている。そして,演説後,拍手喝采を浴びた。この雄弁な国会議員は,日本の大岡越前と同じように裁判の逸話を多く残した著名な弁護士カランという。

34 カランの法術

 イギリスの農夫が宿屋に泊まり,主人に100ポンドを預け,翌朝,出発時に,受け取ろうとした。しかし,宿屋の主人は,図太い神経の持ち主で,金なんか預かっていないと,すっとぼけた。農夫は抗議するも,証拠がなく,どうしょうもなかった。

 そこで,農夫は弁護士として有名なカランに,金を取り戻す訴訟を提起してくれと頼んだ。カランは,しばらく考え,「訴訟を提起するまでもない。100ポンドを取り返したかったら,もう100ポンド,主人に預けろ」と言った。農夫は,なかなか,カランの考えに賛同しなかったが,最終的に,カランに説き伏せられた。

 農夫は,友人に証人を頼み,再び,例の宿屋に行った。また抗議に来たなと面倒くさいなと主人は思った。農夫は,そんな主人の前に,100ポンドを置き,「自分は物覚えが悪いので,100ポンド預けたのは思い違いだったかもしれない。今度は,確実に100ポンド預かってください」としっかりと頼んだ。主人は,世の中には,バカがいるぞと思いながら100ポンドを受け取った。

 農夫がカランの元に戻ると,カランは,「主人が一人でいる時を見計らって,一人で宿屋に行き,さっきの100ポンドを返してくれと言いいなさい」と言った。カランの言う通りに,農夫が主人に言うと,証人がいたからか,あっさりと100ポンドは返ってきた。

 農夫がカランの元へ戻ると,カランは,「では,証人の友人と一緒に,主人の元へ押しかけ,友人の前で預けた100ポンドを返してくれと言いなさい。返さなければ,友人を証人として,訴訟を提起するぞと言いなさい」と言った。農夫は,ここで初めて,カランの策略に気づき,小躍りして出かけていき,やがて満面の笑みでポケットに200ポンドを入れて戻ってきた。

35 “He shakes his head, but there is nothing in it!”

 明治13年,スイスの首都ベルンの国会議事堂で国際法の国際会議が行われた。穂積陳重は,日本の治外法権の廃止を提案するため,会議に出席していた。他にも,森有礼・西川鉄次郎・河島醇も出席していた。

 会議で最も議論が激しかったのが,国際版権問題だった。イギリスの議員が版権の国際的効力を保障する条約の必要を主張し,アメリカの議員が強硬に反対していた。ニューヨークの弁護士は,熱弁をふるい,イギリスの議員の国際条約必要論に反論した。イギリスの議員は,しきりに頭を左右に振って,反対の意思を示した。すると,弁護士は,議員の頭を指さし,“He shakes his head, but there is nothing in it!”と叫んだ。これは,「彼は頭を振っているが,何の意味もない」という意味だが,「彼は頭を振っているが,その頭の中は空っぽだ」という意味にもとれる。

 カランにこんな逸話がある。カランが陪審員に向かって説明していると,裁判官がしきりに頭を振っている。すると,カランは,「諸君,判事の頭が動いている。これを観る者は,判事の考えが私の考えと異なっていることを示すものであると想うかも知れない。けれども,あれは偶然の事です。」と言った。

♪Mr.Children「水上バス」(アルバム:SUPERMARKET FANTASY収録)

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