刑法の基本書ではあまり取り上げられていない詐欺罪をめぐる問題のアウトラインをまとめておきます。
詐欺罪をめぐる問題
刑法246条1項の詐欺罪は,①欺罔行為によって,相手を②錯誤に陥らせ,財物の③処分行為をさせ,その財物を④詐取する犯罪です。つまり,①欺罔行為→②錯誤→③処分行為→④詐取という因果の流れを経る犯罪です。それぞれの段階で,種々の問題があり,議論されてきました。
そんな詐欺罪に関して,基本書ではほとんど取り上げられない問題について,そのアウトラインをまとめておこうと思います。
第1問
Aの罪責を論じよ
Aは,平成16年5月6日,甲に無断で,X郵便局において,簡易保険カード交付請求書の保険証書記号番号欄に「甲名義の養老保険の保険証書記号番号」,住所欄に「X市Y町〇丁目〇番地A方」,氏名欄に「甲」と各記入し,甲の印鑑を押印し,甲名義の簡易保険カード請求書1通を作成し,簡易保険事務センターに郵送し,同職員の乙に対し,甲本人からの正当な交付請求であると誤信させ,翌7日,乙から簡易保険カードの交付を受けた。
⑴ 文書の名義人と作成者の人格的同一性を偽っているので,文書の偽造に当たる。簡易保険カード交付請求書という私文書を行使の目的で,偽造したので,有印私文書偽造罪(刑法第159条1項)が成立する。
また,有印私文書行使罪(刑法第161条1項)が成立する。
⑵ 簡易保険事務センター事務センター職員で,簡易保険カードの作成発行権限を有する乙に対し,甲が簡易保険カードの交付請求をしたかのように装った。甲に無断で,Aが行ったものであり,内容虚偽の事実である。これは,簡易保険カードの交付という財産的処分に向けられた行為である。乙は,錯誤に陥り,瑕疵ある意思に基づき,簡易保険カードを郵送し,Aに交付した。
したがって,詐欺罪(刑法第246条第1項)が成立する。
⑶ これらは牽連犯である。
第2問
Aの罪責を論じよ
Aは,同年5月10日,Z郵便局において,第1問で入手した簡易保険カードを用い,同郵便局長丙管理に係る現金自動預払機から現金100万円を引き出した。
さらに,Aは,同年10月2日,Z郵便局において,上記簡易保険カードを用い,同郵便局長丙管理に係る現金自動預払機から現金100万円を引き出した。
⑴ Y郵便局長丙管理に係る現金を丙の意思に基づかずに占有を自己に移している。
したがって,窃盗罪(刑法第235条)が成立する。
⑵ 異なる機会に実行行為を行っているので,これらは,併合罪となる。
第3問
Aの罪責を論じよ
Aは,X郵便局に勤務し,顧客の自宅を訪問し,保険契約の申込みの受付,保険料の集金等の業務に従事していた。同年10月4日,甲宅で甲から終身型簡易生命保険の保険料の全期前納払の一部として受け取った現金50万560円を,Z郵便局において,自分の郵便貯金口座に振り込んだ。
今回のポイントは,この第3問です。Aに詐欺罪が成立するのか?業務上横領罪が成立するのか?が問題になります。ここでは,Aの権限に着目するのがポイントです。
詐欺罪と業務上横領罪の区別
ex)新聞の購読料の集金で,顧客が自宅に来た新聞社の集金人に新聞の購読料を渡す場合を検討
①集金人が,実際は集金人ではない場合,当然,詐欺罪が成立します。
②集金人が実際の集金人であるが,新聞社に払い込むつもりはまったくない場合
②の場合,集金人の権限に着目します。客観的に集金人に購読料の受領権限がある場合,顧客の支払は有効で,集金人の受領も有効です。問題は,新聞社に購読料が入金されていないことです。したがって,業務上横領罪が成立します。
第3問の検討
Aには形式的には保険契約締結に際し,顧客から保険金を受領する権限があります。しかし,本件の場合,そもそも保険契約が有効に成立する余地はありません。
甲は,保険契約が成立すると思って,Aに現金を手渡しているので,保険契約が成立しないと知っていれば,Aに現金を交付することはなかったと認められます。
したがって,詐欺罪が成立します。財物を交付した目的が達成できるか?がポイントです。
第4問
Aの罪責を論じよ
Aは,同年10月5日午後3時ころ,Z郵便局において,甲に無断で,甲名義の養老保険の満期保険金の払戻手続をし,窓口支払用現金95万1147円を取り出し自己の鞄の中に入れた。
結論としては,窃盗罪が成立しますが,以下のポイントも検討しておきましょうということで,ポイントだけ書いておきます。
⑴ 窃盗罪が成立するのか?業務上横領罪が成立するのか?
⑵ 業務上横領罪が成立するとすると,横領行為は?
⑶ 業務上横領罪が成立するとすると,被害者は甲か?郵便局か?
甲が被害者だとすると,甲はAに返還請求することになる。被害者は郵便局とするのが無難
♪Mr.Children「フェイク」(アルバム:HOME収録)