執行猶予付判決確定前に、別の犯罪で逮捕されてしまった場合、逮捕された別の犯罪で起訴されたら、執行猶予になることがあるのか?を検討します。
事例
Aは、覚せい剤取締法違反で5月20日に懲役1年6か月・執行猶予3年の有罪判決を受けた(①事件)。しかし、Aは、5月29日に覚せい剤取締法違反で現行犯逮捕された。その後、Aは、覚せい剤取締法違反により起訴された(②事件)。
執行猶予とは?
執行猶予とは、その名のとおり、刑の執行を猶予するということです。つまり、裁判所が一定期間を定め、その間、再犯をするなどして執行猶予が取消されることなく、その期間を経過すると、有罪判決が消滅する制度です。
執行猶予には、①最初の執行猶予と②再度の執行猶予があります。執行猶予が付けられる要件は、当然、②再度の執行猶予の方が厳しくなっています。また、一部執行猶予という制度もありますが、今回は触れません。
執行猶予の要件
執行猶予の要件は、刑法25条に規定されています。1項が①最初の執行猶予の要件で、2項が②再度の執行猶予の要件です。
(刑の全部の執行猶予)
第二十五条 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
今回、検討する問題に関係する要件は、①最初の執行猶予の「前に禁固以上の刑に処せられたことがない者」です。
前に禁固以上の刑に処せられたことがない者
「前に」というのは、執行猶予判決を言渡そうとする判決の前にという意味です。
「禁固以上の刑に処せられた」とは、禁固以上の刑に処する確定判決を受けたことを意味します。実際に刑に服する必要はなく、執行猶予付判決も含まれます。
執行猶予された罪の余罪
問題は、執行猶予された罪の余罪の扱いです。A罪で執行猶予付判決が言渡され、判決が確定した後、判決確定前に犯したB罪について25条1項、つまり、最初の執行猶予を付けれるか?という問題がありました。
25条1項の「前に禁固以上の刑に処せられたことがない者」を文字通り解釈すると、最初の執行猶予を付けることはできません。しかし、最高裁は、A罪とB罪が同時に審理されていれば、併合罪になり最初の執行猶予を付けれたこととの均衡上、B罪についても25条1項に基づいて執行猶予を付けることができると判断しました。
さらに、最高裁は、同時に審理される可能性がない場合、つまり、事例の②事件のようなケースでも25条1項に基づいて執行猶予を付けることができると判断しました。
執行猶予付判決に対して控訴しないといけない?
ということで、冒頭の事例のAについて、②事件で起訴された場合、執行猶予付判決の可能性はあります。が、これは、25条1項の「前に禁固以上の刑に処せられたことがない者」の要件を満たすにとどまります。引用した条文からわかるように、執行猶予を付けるには他にも要件があります。特に、裁判所の裁量に委ねられる「情状により」という要件が重要です。
いざ、Aが②事件の有罪判決言渡しの際に、同種の犯罪の確定した執行猶予判決を受けていれば、不利な情状として考慮され、執行猶予判決は付けないでしょう。
したがって、Aは、①事件の執行猶予判決について控訴して、できるだけ時間を稼いでおく必要があります。②事件の有罪判決言渡しの際に、①事件の執行猶予判決が確定していなければ、執行猶予判決を情状として考慮することができないからです。
ということで、Aの弁護人とすれば、控訴期間ギリギリに控訴するか、少なくともAに控訴しといた方がいいよとアドバイスしておかないと、弁護過誤になってしまいます。なので、こういうケースで弁護人が控訴する場合、必ずしも金目当てでやってるわけではありません(私選でもそんなに報酬もらえないし…)。やらざるを得ないということがほとんどなんだと思います。
♪Mr.Children「ランニングハイ」(アルバム:I ♥ U収録)